2007年06月19日(火)
冤罪?
あるんですよね。
ずさんな取調べ。
すべてが、そうではないのでしょうが、
まだまだ、いっぱいあるんだと。
真実はひとつなのだが、
真実でないことも、権力で捻じ曲げることも・・・
つらい話です。
なくなればいいのにね。こんなこと
冤罪(えんざい)とは、捜査や裁判の過程に問題が指摘されている刑事事件、およびその捜査・裁判の過程の問題を広範に意味する言葉。「無実であるのに犯罪者として扱われること」を指し、推定無罪の原則からすると、裁判において有罪とされ、この判決が確定の場合に限るべきである。日本では、起訴有罪率の高さから、「起訴された」イコール「犯罪者」と認識されやすく、裁判の結果無罪となった場合も冤罪と呼ばれるが、本来は誤用と言うべきである。
1950年 -
二俣事件:発生から12年後、最高裁から高裁へと差し戻され、無罪判決。証拠は警察の捏造。
財田川事件:発生から34年後、再審による無罪判決。
小島事件:発生から9年後、最高裁から高裁へと差し戻され、無罪判決。自供は警察のでっちあげ。
梅田事件:服役終了後、再審による無罪判決(発生から36年後)。
牟礼事件:再審請求を続けるも被疑者が死亡。
木間ヶ瀬事件:一審では死刑判決だったが、控訴審で無罪判決。
1951年 -
八海事件:一旦無罪判決後、高裁に差し戻され、その後最高裁にて再び無罪判決(発生から17年後)。
藤本事件(菊池事件):被疑者に対して唐突に死刑執行。
池内事件:真犯人が現れ一審で無罪。
観音堂事件:再審で無罪。
1952年 -
菅生事件:発生から6年後に無罪確定。警察が自ら起こした狂言事件の可能性。
白鳥事件:服役終了後、異議申し立てを行うが棄却。ただし、冤罪事件の再審において重要な「白鳥決定」の判断が生み出された。
米谷事件:再審で無罪判決。
青梅事件:最高裁の差し戻しで無罪が確定。
辰野事件:東京高裁で証拠不十分として無罪。
芦別事件:二名の被疑者のうちの一人は二審で無罪、一人は係争中に死亡。
花巻事件:放火に関与したとして実刑。ただし、被害を受けた店の店主の発言を鵜呑みにした逮捕であることから冤罪との指摘も多い。
1953年 -
徳島ラジオ商殺人事件(徳島事件):発生から32年後、日本初の死後再審無罪判決。
石和事件:二審の東京高裁で無罪。
1954年 -
赤堀事件(島田事件):発生から35年後、再審による無罪判決。
仁保事件:最高裁から高裁へと差し戻され、無罪判決(発生から18年後)。
三里塚事件:再審請求は棄却。仮出所後、被疑者死亡。
松尾事件:1989年に再審で無罪。
1955年 -
丸正事件:服役終了後、再審請求を続けるも被疑者が死亡。
松山事件:発生から29年後、再審による無罪判決。
1961年 -
名張毒ぶどう酒事件(名張事件):発生から44年目の2005年に再審開始決定。しかし翌年取り消し。
因島毒饅頭事件:二審の広島高裁で無罪。
1962年 - 江津事件:再審請求を続けるも被疑者が死亡。
1963年 -
狭山事件:無罪を訴え、現在も再審請求中。2005年、特別抗告棄却。
波崎事件:再審請求を続けるも被疑者が死亡。
1965年
蛸島事件:金沢地方裁判所七尾支部で無罪判決。
六甲山事件:二審の大阪高裁で無罪。
デザイナー誘拐殺人事件(山川事件):主犯が別にいると主張。
1966年 -
袴田事件:無罪を訴え、現在特別抗告中。
川端町事件(マルヨ無線強盗放火殺人事件、尾田事件):一部無罪を訴え、現在も再審請求中。「一部無罪」にも再審請求は受け入れるべきとの判断が出た。
千葉大学腸チフス菌事件:冤罪の可能性を指摘されているが、再審請求は行っていない。
1969年 - 鹿児島夫婦殺し事件(高隈事件):差戻審で無罪判決確定。国家賠償訴訟の最中に被告人は死亡(国家賠償が認められた)。
1967年 -
布川事件:発生から38年目の2005年、再審開始。
日産サニー事件:無罪を訴え、現在も再審請求中。1999年、特別抗告棄却。
1970年 -
豊橋事件:1974年6月12日に第一審で無罪判決。その後、無罪確定。
大森勧銀事件:二審の東京高裁で無罪判決。最高裁で確定。
1971年 -
三崎事件:無罪を訴え、再審請求中。
ピース缶爆弾事件・日石爆弾事件・土田邸爆弾事件:別の事件で逮捕された新左翼活動家18名を容疑者として逮捕。一審では死刑を含む有罪判決が出たが、その後牧田吉明らが実行犯として名乗り出たため、控訴審で全員の無罪が確定。
1972年 - 山中事件:最高裁から高裁へと差し戻され、無罪判決(発生から18年後)。
1974年 - 甲山事件:発生から25年後、第二次控訴審で無罪。三度の無罪判決。
1975年 - 遠藤事件:最高裁で、下級審の判断を否定して無罪判決。
1976年 - 北海道道庁爆破事件:無罪を訴え、再審請求中。
1979年 -
野田事件:無罪を訴え、再審請求中。
貝塚ビニールハウス殺人事件(貝塚事件):事件に関与したとされた少年全員に逆転無罪。内、一人は再審で無罪。
大崎事件:一度は再審が受理されたものの、再審が棄却された。
1980年
宮代事件:埼玉県で発生した母子殺人事件。被疑者の一人には死刑判決。被害者の家族が犯行を自白しており、冤罪の可能性が指摘されている。
富山長野連続誘拐殺人事件:富山県と長野県で相次いで誘拐殺人が発生した事件。容疑者として男女二名(同じ店を共同経営していた)が逮捕されたが、男性については「女性に言われるまま自動車を運転しただけで誘拐殺人にかかわっていない」として一審で無罪となり、二審で確定した。一方女性は最高裁で死刑が確定。女性は真犯人は別にいるとして再審請求を行っていたが、2007年3月に富山地裁が棄却、名古屋高裁金沢支部に即時抗告中である。
1981年 -
みどり荘事件(大分女子短大生殺人事件):第一審で無期懲役判決、第二審で逆転無罪判決(発生から14年後)。
ロス疑惑:発生から22年後、最高裁で被告に無罪判決。但し同被告は別の容疑で有罪判決を受け服役。
石見幼女殺人事件:一審の松江地裁で無罪。
川嶋事件:無罪を訴え、再審請求中。
1984年 -
城丸君事件:二審の札幌高裁で無罪判決。
山下事件:一審の横浜地裁で無罪判決。
自由民主党本部放火襲撃事件:一審の東京地裁で無罪。
日野町事件:無期懲役が確定し現在服役している。再審請求中。
1985年 -
草加事件:無罪を訴え、保護処分取り消しを3度申し立てるが退けられる。
高松事件:冤罪の疑いがもたれている。
お茶の水女子大寮事件(お茶の水女子大寮強盗強姦未遂事件):自白の信用性が争点となったが一審の東京地裁で無罪。
1986年 - 大手町事件:捏造の証拠を基に起訴。無期懲役。
1988年 -
綾瀬母子殺人事件:事件に関与したとされる少年らにアリバイがあり無罪。
福井女子中学生殺人事件(前川事件):一審の福井地裁で無罪になるも、二審の名古屋高裁で有罪。
星野事件:1999年に有罪が確定。無実を訴えている。
1989年 -
北方事件(水曜日の絞殺魔事件):証拠が無いとして地裁並びに高裁で無罪判決(発生から16年後)。
1990年 - 足利事件:日弁連が再審支援事件を決定。弁護団が2002年12月25日に弁護団が、宇都宮地裁に再審を請求、受理。
1991年 - 浜松幼児殺人事件(浜松幼児変死事件):出所後に実名で記者会見し、東京高裁に再審を請求。
1992年 - メルボルン事件:オーストラリアで覚醒剤を密輸した疑いで有罪判決。冤罪を主張している。
1993年 - 調布事件:刑事補償法に基づく補償請求が認められている。
1994年 -
松本サリン事件:初め第一通報者が犯人と疑われたが、後に無実であることが判明。逮捕・起訴されていないため、厳密には冤罪ではない。
広島港フェリー甲板長事件:2001年4月に無罪が確定。
1995年 - 東住吉事件:冤罪を訴え、再審準備中。
1997年 -
神戸連続児童殺傷事件:警察発表に矛盾や不自然な点が少なくないため、冤罪を主張する人々がいる。
長崎事件:痴漢冤罪として無罪を訴える。
東電OL殺人事件:ネパール人男性が一審の東京地裁で無罪になるも、二審の東京高裁で有罪判決。再審請求中。
ロザール事件:違法捜査が指摘されているが有罪判決。
1998年 - 宇和島事件:翌年に窃盗・詐欺容疑で逮捕・起訴。2000年に真犯人が判明し、検察が無罪論告、無罪判決。
1999年 - マイ・マジェスティ事件:政治活動家の外山恒一が、この年に起こした軽微な傷害事件で一年以上を経て在宅起訴された。立件の経緯に納得できない被告人が「法廷侮辱」を繰り返し、実刑判決(2001年・福岡地裁)が言い渡された事例。2002年に最高裁で一審判決が確定。
2000年 -
恵庭OL殺人事件:被告は無実を主張し続けたが有罪確定。
2001年 - 佐賀市農協背任事件:二審の福岡高裁で無罪。又、佐賀地検の検事による取り調べの際の暴言も話題に。
2002年 -
御殿場事件:御殿場駅近くで発生したと主張される“集団強姦”事件。有罪確定。再審請求中(一名については沼津家庭裁判所にて再審が決定)。
富山連続婦女暴行事件:犯人とされた男性が刑に服し出所した後になって真犯人が発見された事件。地検が無罪を求めて再審請求。
2003年 -
志布志事件(鹿児島事件):2007年、鹿児島地裁で被告全員に無罪判決。県議選を巡る公選法違反の容疑で自白を強要。検察側が控訴を断念。12人全員が無罪に
2004年 -
2005年 - 世田谷ひき逃げ事件:犯人とされた人の友人が真犯人の物証を発見。06年検察が無罪論告、無罪判決。
[編集] 諸国
1894年 - ドレフュス事件:発生から12年後に再審で無罪判決。
1919年~1920年 - サッコ・バンゼッティ事件:死刑執行から50年後、裁判の不公正が認定。ただし真相は不明。
1932年 - チャールズ・リンドバーグの長男誘拐殺人事件:無罪を主張するが、処刑された。
1949年 - エヴァンス事件:被疑者の死刑執行後、別の容疑者が犯行を自供。ただし真相は不明。
1950年 - ローゼンバーグ事件:「原爆スパイ」として夫妻が死刑執行された。夫はスパイ行為を働いていたことが後に確認されたが、妻についてはなお冤罪の疑惑が残る。架空の自白をして妻の罪を重くしたことを関係者が2001年に告白。
1954年 - シェパード夫人殺害事件:映画化されたTVドラマ『逃亡者』のモデルとなった事件。サム・シェパード医師の死後、DNA鑑定により正式に無罪と認定。(en:Sam Sheppard)
1961年 - A6殺人事件(ハンラッティ事件):決定的な証拠も得られぬまま有罪、死刑執行。ただしその後の遺留品のDNA鑑定により犯人であったと断定された。(en:James Hanratty)
1966年 - ルービン・カーター事件:発生から19年後に無罪判決。
1993年 - ウエスト・メンフィス3事件
ずさんな取調べ。
すべてが、そうではないのでしょうが、
まだまだ、いっぱいあるんだと。
真実はひとつなのだが、
真実でないことも、権力で捻じ曲げることも・・・
つらい話です。
なくなればいいのにね。こんなこと
冤罪(えんざい)とは、捜査や裁判の過程に問題が指摘されている刑事事件、およびその捜査・裁判の過程の問題を広範に意味する言葉。「無実であるのに犯罪者として扱われること」を指し、推定無罪の原則からすると、裁判において有罪とされ、この判決が確定の場合に限るべきである。日本では、起訴有罪率の高さから、「起訴された」イコール「犯罪者」と認識されやすく、裁判の結果無罪となった場合も冤罪と呼ばれるが、本来は誤用と言うべきである。
1950年 -
二俣事件:発生から12年後、最高裁から高裁へと差し戻され、無罪判決。証拠は警察の捏造。
財田川事件:発生から34年後、再審による無罪判決。
小島事件:発生から9年後、最高裁から高裁へと差し戻され、無罪判決。自供は警察のでっちあげ。
梅田事件:服役終了後、再審による無罪判決(発生から36年後)。
牟礼事件:再審請求を続けるも被疑者が死亡。
木間ヶ瀬事件:一審では死刑判決だったが、控訴審で無罪判決。
1951年 -
八海事件:一旦無罪判決後、高裁に差し戻され、その後最高裁にて再び無罪判決(発生から17年後)。
藤本事件(菊池事件):被疑者に対して唐突に死刑執行。
池内事件:真犯人が現れ一審で無罪。
観音堂事件:再審で無罪。
1952年 -
菅生事件:発生から6年後に無罪確定。警察が自ら起こした狂言事件の可能性。
白鳥事件:服役終了後、異議申し立てを行うが棄却。ただし、冤罪事件の再審において重要な「白鳥決定」の判断が生み出された。
米谷事件:再審で無罪判決。
青梅事件:最高裁の差し戻しで無罪が確定。
辰野事件:東京高裁で証拠不十分として無罪。
芦別事件:二名の被疑者のうちの一人は二審で無罪、一人は係争中に死亡。
花巻事件:放火に関与したとして実刑。ただし、被害を受けた店の店主の発言を鵜呑みにした逮捕であることから冤罪との指摘も多い。
1953年 -
徳島ラジオ商殺人事件(徳島事件):発生から32年後、日本初の死後再審無罪判決。
石和事件:二審の東京高裁で無罪。
1954年 -
赤堀事件(島田事件):発生から35年後、再審による無罪判決。
仁保事件:最高裁から高裁へと差し戻され、無罪判決(発生から18年後)。
三里塚事件:再審請求は棄却。仮出所後、被疑者死亡。
松尾事件:1989年に再審で無罪。
1955年 -
丸正事件:服役終了後、再審請求を続けるも被疑者が死亡。
松山事件:発生から29年後、再審による無罪判決。
1961年 -
名張毒ぶどう酒事件(名張事件):発生から44年目の2005年に再審開始決定。しかし翌年取り消し。
因島毒饅頭事件:二審の広島高裁で無罪。
1962年 - 江津事件:再審請求を続けるも被疑者が死亡。
1963年 -
狭山事件:無罪を訴え、現在も再審請求中。2005年、特別抗告棄却。
波崎事件:再審請求を続けるも被疑者が死亡。
1965年
蛸島事件:金沢地方裁判所七尾支部で無罪判決。
六甲山事件:二審の大阪高裁で無罪。
デザイナー誘拐殺人事件(山川事件):主犯が別にいると主張。
1966年 -
袴田事件:無罪を訴え、現在特別抗告中。
川端町事件(マルヨ無線強盗放火殺人事件、尾田事件):一部無罪を訴え、現在も再審請求中。「一部無罪」にも再審請求は受け入れるべきとの判断が出た。
千葉大学腸チフス菌事件:冤罪の可能性を指摘されているが、再審請求は行っていない。
1969年 - 鹿児島夫婦殺し事件(高隈事件):差戻審で無罪判決確定。国家賠償訴訟の最中に被告人は死亡(国家賠償が認められた)。
1967年 -
布川事件:発生から38年目の2005年、再審開始。
日産サニー事件:無罪を訴え、現在も再審請求中。1999年、特別抗告棄却。
1970年 -
豊橋事件:1974年6月12日に第一審で無罪判決。その後、無罪確定。
大森勧銀事件:二審の東京高裁で無罪判決。最高裁で確定。
1971年 -
三崎事件:無罪を訴え、再審請求中。
ピース缶爆弾事件・日石爆弾事件・土田邸爆弾事件:別の事件で逮捕された新左翼活動家18名を容疑者として逮捕。一審では死刑を含む有罪判決が出たが、その後牧田吉明らが実行犯として名乗り出たため、控訴審で全員の無罪が確定。
1972年 - 山中事件:最高裁から高裁へと差し戻され、無罪判決(発生から18年後)。
1974年 - 甲山事件:発生から25年後、第二次控訴審で無罪。三度の無罪判決。
1975年 - 遠藤事件:最高裁で、下級審の判断を否定して無罪判決。
1976年 - 北海道道庁爆破事件:無罪を訴え、再審請求中。
1979年 -
野田事件:無罪を訴え、再審請求中。
貝塚ビニールハウス殺人事件(貝塚事件):事件に関与したとされた少年全員に逆転無罪。内、一人は再審で無罪。
大崎事件:一度は再審が受理されたものの、再審が棄却された。
1980年
宮代事件:埼玉県で発生した母子殺人事件。被疑者の一人には死刑判決。被害者の家族が犯行を自白しており、冤罪の可能性が指摘されている。
富山長野連続誘拐殺人事件:富山県と長野県で相次いで誘拐殺人が発生した事件。容疑者として男女二名(同じ店を共同経営していた)が逮捕されたが、男性については「女性に言われるまま自動車を運転しただけで誘拐殺人にかかわっていない」として一審で無罪となり、二審で確定した。一方女性は最高裁で死刑が確定。女性は真犯人は別にいるとして再審請求を行っていたが、2007年3月に富山地裁が棄却、名古屋高裁金沢支部に即時抗告中である。
1981年 -
みどり荘事件(大分女子短大生殺人事件):第一審で無期懲役判決、第二審で逆転無罪判決(発生から14年後)。
ロス疑惑:発生から22年後、最高裁で被告に無罪判決。但し同被告は別の容疑で有罪判決を受け服役。
石見幼女殺人事件:一審の松江地裁で無罪。
川嶋事件:無罪を訴え、再審請求中。
1984年 -
城丸君事件:二審の札幌高裁で無罪判決。
山下事件:一審の横浜地裁で無罪判決。
自由民主党本部放火襲撃事件:一審の東京地裁で無罪。
日野町事件:無期懲役が確定し現在服役している。再審請求中。
1985年 -
草加事件:無罪を訴え、保護処分取り消しを3度申し立てるが退けられる。
高松事件:冤罪の疑いがもたれている。
お茶の水女子大寮事件(お茶の水女子大寮強盗強姦未遂事件):自白の信用性が争点となったが一審の東京地裁で無罪。
1986年 - 大手町事件:捏造の証拠を基に起訴。無期懲役。
1988年 -
綾瀬母子殺人事件:事件に関与したとされる少年らにアリバイがあり無罪。
福井女子中学生殺人事件(前川事件):一審の福井地裁で無罪になるも、二審の名古屋高裁で有罪。
星野事件:1999年に有罪が確定。無実を訴えている。
1989年 -
北方事件(水曜日の絞殺魔事件):証拠が無いとして地裁並びに高裁で無罪判決(発生から16年後)。
1990年 - 足利事件:日弁連が再審支援事件を決定。弁護団が2002年12月25日に弁護団が、宇都宮地裁に再審を請求、受理。
1991年 - 浜松幼児殺人事件(浜松幼児変死事件):出所後に実名で記者会見し、東京高裁に再審を請求。
1992年 - メルボルン事件:オーストラリアで覚醒剤を密輸した疑いで有罪判決。冤罪を主張している。
1993年 - 調布事件:刑事補償法に基づく補償請求が認められている。
1994年 -
松本サリン事件:初め第一通報者が犯人と疑われたが、後に無実であることが判明。逮捕・起訴されていないため、厳密には冤罪ではない。
広島港フェリー甲板長事件:2001年4月に無罪が確定。
1995年 - 東住吉事件:冤罪を訴え、再審準備中。
1997年 -
神戸連続児童殺傷事件:警察発表に矛盾や不自然な点が少なくないため、冤罪を主張する人々がいる。
長崎事件:痴漢冤罪として無罪を訴える。
東電OL殺人事件:ネパール人男性が一審の東京地裁で無罪になるも、二審の東京高裁で有罪判決。再審請求中。
ロザール事件:違法捜査が指摘されているが有罪判決。
1998年 - 宇和島事件:翌年に窃盗・詐欺容疑で逮捕・起訴。2000年に真犯人が判明し、検察が無罪論告、無罪判決。
1999年 - マイ・マジェスティ事件:政治活動家の外山恒一が、この年に起こした軽微な傷害事件で一年以上を経て在宅起訴された。立件の経緯に納得できない被告人が「法廷侮辱」を繰り返し、実刑判決(2001年・福岡地裁)が言い渡された事例。2002年に最高裁で一審判決が確定。
2000年 -
恵庭OL殺人事件:被告は無実を主張し続けたが有罪確定。
2001年 - 佐賀市農協背任事件:二審の福岡高裁で無罪。又、佐賀地検の検事による取り調べの際の暴言も話題に。
2002年 -
御殿場事件:御殿場駅近くで発生したと主張される“集団強姦”事件。有罪確定。再審請求中(一名については沼津家庭裁判所にて再審が決定)。
富山連続婦女暴行事件:犯人とされた男性が刑に服し出所した後になって真犯人が発見された事件。地検が無罪を求めて再審請求。
2003年 -
志布志事件(鹿児島事件):2007年、鹿児島地裁で被告全員に無罪判決。県議選を巡る公選法違反の容疑で自白を強要。検察側が控訴を断念。12人全員が無罪に
2004年 -
2005年 - 世田谷ひき逃げ事件:犯人とされた人の友人が真犯人の物証を発見。06年検察が無罪論告、無罪判決。
[編集] 諸国
1894年 - ドレフュス事件:発生から12年後に再審で無罪判決。
1919年~1920年 - サッコ・バンゼッティ事件:死刑執行から50年後、裁判の不公正が認定。ただし真相は不明。
1932年 - チャールズ・リンドバーグの長男誘拐殺人事件:無罪を主張するが、処刑された。
1949年 - エヴァンス事件:被疑者の死刑執行後、別の容疑者が犯行を自供。ただし真相は不明。
1950年 - ローゼンバーグ事件:「原爆スパイ」として夫妻が死刑執行された。夫はスパイ行為を働いていたことが後に確認されたが、妻についてはなお冤罪の疑惑が残る。架空の自白をして妻の罪を重くしたことを関係者が2001年に告白。
1954年 - シェパード夫人殺害事件:映画化されたTVドラマ『逃亡者』のモデルとなった事件。サム・シェパード医師の死後、DNA鑑定により正式に無罪と認定。(en:Sam Sheppard)
1961年 - A6殺人事件(ハンラッティ事件):決定的な証拠も得られぬまま有罪、死刑執行。ただしその後の遺留品のDNA鑑定により犯人であったと断定された。(en:James Hanratty)
1966年 - ルービン・カーター事件:発生から19年後に無罪判決。
1993年 - ウエスト・メンフィス3事件

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検事面前調書の偽造を検事総長は非常上告せよ
捜査指揮は創価学会幹部・支部長検事 吉村弘
▼ 検察フェミ・鶴田小夜子
イカサマ裁判の法廷検事は刑事手続法の権威? 二昔前の顔写真鶴田小夜子(最高検察庁検事)
こやつは誣告者・園田義明の検面調書を読み上げた「被告人を出来るものなら死刑に
でもそれは無理でしょうから必ず刑務所だけには出来る限り長く入れて欲しい」
公開督促状(1) 公開督促状(2)
時効だ 時効だ 検察の常套手段
ホームレスにナメられた特捜は公用文書等毀棄罪で書類送検せよ
検察官適格審査会に審査申立をして4年だ これも不作為で国賠しますかネ
検事が提出した最良証拠は検察官に拠る偽造署名・偽印の検事面前調書
抗議先 03-3580-4111 内線 2148 庶務担当
虚偽公文書作成・行使の作源地は警察・検事・裁判官
調書の偽造は裁判所の基本姿勢であり 日本裁判の基底構造
お粗末名損で発覚した虚偽有印公文書作成・行使の数々
捜査報告書・警察調書・検事調書・公判調書・口頭弁論調書
そして・・検察審査会議決書
2000年7月 この時から社会に発信した